2022年03月08日

常識のたがを外す

皆さん
こんにちは。

ウィジードッグクラブ本部の加藤です。

朝日新聞EduAにこんなタイトルの記事が掲載されていました。
「常識のたがを外すことが、創造的な探究に繋がる」

末永幸歩さんという美術教師の方へのインタビュー記事で、従来の美術教育への問題提起と新たな教育の在り方の提案をする内容となっていました。
『13歳からのアート思考』という本も執筆されているようですので、ご存じの方もいるかもしれませんが、興味のあるかたはググってみてください!!

この記事の中で、末永さんはこんな言葉を残しています。
『まず無自覚の前提を認識してもらい、『常識のたがを外す』ことで自由で独創的な活動を促すことができる』

末永さんのワークショップでは、『常識のたがを外す』ためにこんなことをするそうです。
講義冒頭で参加者に「クレヨンで紙に絵を描いてください」と言います。すると全員が当たり前のように平面の紙に絵を描いてい来ます。そこで、「クレヨンや紙を、絵を描く道具ではなく物質としてとらえ、クレヨンと紙で絵を『つくって』みてください」と投げかけるそうです。
すると参加者は最初は戸惑いますが、次第に紙を丸めてみたり、折ったり、紙にクレヨン自体を貼り付けてみたりと独創的な作品を作り上げていくと言います。

この記事を読んで自分が学生だった時の美術の授業を思い出してみました。
確かに、模写をしたり絵の具で綺麗に色塗ったりとおよそ独創的とはかけ離れたことが多かったような気がします。そしてそれは美術以外でもそうだった気がします。いや、「そうだった」というか今もそうかもしれません。

いま私は立場上、アカデミーの受講生や一般の飼い主に情報を発信することが多いです。
特にアカデミーの受講生と話す時は「正解はないから、あくまで一つの考え方だと思ってください」と言うことがあります。それは犬の世界には「絶対的な正解」はないと思っているから、そう言っているのですが、この記事を読んで自分も常識に囚われていたかも。と思いました。
正解がないからこそ、常に考えることを意識するようにしています。しかし、その「考える」と言う行為の根っこには外から得た知識があるはずです。そしてその知識を前提にして考えた事柄というのは、果たして独創的なものなのか。。

特に知識を得ることに慣れてしまうと、知らず知らずのうちに、世間の常識に飲み込まれてしまうのかもしれないなと。知識を得ることが容易な現代社会ではありますが、自分の頭で考えることを忘れないようにしたいですね。

(もちろん、全てが独創的である必要はないと思いますし、常識や慣例、習慣というものも大切だと思います。)

クレヨンと紙を物質として捉えるように、知識はただの情報として捉え、その情報を使って自分でどう考えてそれを使っていくのか。常に考えていかねば!と改めて思った出来事でした。

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posted by Wiz.dog Club at 21:36| 思うこと